その2 鈴村、木暮、小野の海外挑戦
26、25、24、これは世界選手権出場時の鈴村、木暮、小野の満年令である。鈴村は、第2回のアジア選手権から代表に選ばれているのでベテランのように思えるが実は木暮、小野より1才上だけなのである。サッカーの場合は、比較的若い年令で海外挑戦を行うが、フットサルの歴史から考えると、この年令が海外挑戦ぎりぎりの年令であろう。彼らが、アジアとは違う表舞台で味わったシンプルに「上を目指したい」、「目指すなら今しかない」という想いが強まったことは容易に想像がつく。日本リーグ設立まで待っていられない想いもあったのではないか。やはり、世界選手権は普通の海外遠征、親善試合とは違うのである。
まず、木暮が動きだす。2004年が明けて、関東リーグおよび選手権の合間の2005年1月2日にベルギーに向けて関東を飛び立った。ベルギーもプロリーグがあり、世界選手権の木暮のプレーを見て、ファルコムアントワープ2000(アントワープ)というチームからオファーがあったのだ。10日間の日程だったが、練習に参加、Bチームの試合にも出場した。この移籍は条件が合わなかったのか日の目を見なかったが、のちのインターコンチネンタルカップ出場でチャンスが訪れ、最終的にはスペインの2部チームナサレロ(スペイン、セビリア)との契約に成功する。
小野は、関東リーグを終えた2005年2月に関東からイタリアへ飛んだ。府中は、ペルージャに在住しており、日本とイタリアの文化交流を促進するNIXITAイタリア会長の中村昭憲住と関係が深く、その関係でイタリアに入団テストを受けることになった。小野が実際に契約に成功したのは、イタリアセリエAのテルニ(イタリアの内陸部にある都市でペルージャに近い)というチームでシーズンが始まる8月頃にイタリアへ渡った。
鈴村は、小野とほぼ同時期の2005年2月、スペインのサッカー、フットサル留学の斡旋を手がけるユーロプラス株式会社のアテンドにより、最初はアルバセテのトライアウトを受けた。アルバセテといえば、岩本がプロ契約に成功したスペインリーグ2部のチームである。実際には、外国人枠の関係で契約には至らず、3月に同じ2部のバルガス(スペイン、マドリッドの近くのトレド)の契約に成功している。そして、次のシーズンを待たずして4月2日にはデビューとなったから、3人のうちでは一番早くデビューしたことになる。
このように、3人が打ち合せしたわけでもないのに、年が明けた2005年1月、2月に同じような行動に出たことは大変興味深い。しかも、結果的に3人とも3シーズンを海外で過ごしたことは今までになかったことである。日本の実力が認められたのかもかも知れないが、海外が日本の競技フットサル、さらにいえばその市場性に興味を持った証ではないだろうか。
(続く・・毎週日水+随時更新・・ご指摘、ご意見お待ちしています。)