その1 いつもと違う選手権関東予選
世界選手権が終わった翌月の2004年12月というと、関東三国志にとっては欠かせない大事なイベントが始まる。それは、選手権関東予選であり、年が明ければ決勝大会である。また、その合間をぬって、関東リーグの最終節も迎える。選手達にとっては、忙しい季節の到来である。しかし、今年はいつもと違っていた。それは、全国リーグ設立が現実味を帯びてきたことと関係がある。
例えば、新しいメディアが増え、露出回数が飛躍的に向上したことは7章で述べたが、関東予選にスカイAのテレビが入ったのである。決勝大会ならともかく、選手権の予選にテレビが入ることなどこの先はないことであろう。
全国リーグ参入を目指すチームにも動きがあった。前年度のチャンプ、バンフ東北を母体とするフォルサベルヂが東京都に設立されたのである。フォルサヴェルヂは東京都のオープンリーグ(東京都2部の下位リーグ)に参加、選手権予選にも参戦した。チーム設立を仕掛けたのは、バンフの桜井で、全国リーグに参加する条件が、地域リーグに所属していること、実力的に実績があることが条件になることが想像されたからである。バンフ東北のままでは地域密着の条件を満たさない。実際、2年目には選手権準優勝の成績を残し、3年目にはバンフ東京と改名、東京都1部から現在(2010)は関東2部に昇格している。もっとも、現実は名古屋での太洋薬品バンフの立ち上げとなってしまったが・・・。
ちなみに、この時の都予選では、監督にオスカー、選手にリカルド比嘉、ジョナス、リカルド沖村(シニーニャ)などを擁したが、大物ブラジル人助っ人の来日が遅れたこともあって、予選リーグでカスカベウに敗戦、日の目を見ることはできなかった。
このような状況の中、関東予選は2004年12月11日、12日、千葉県のポートアリーナで行われた。ベスト4に残ったのは、ファイルフォックス、カスカベウ、ロンドリーナ、マルバであった。残念ながら、市原をケガで欠いたプレデターはベスト4には残れなかった。
なお、この年は、前年優勝がバンフ東北であったため、関東に前年優勝枠がなくなり、2位までしか選手権決勝大会には進めない。
準決勝は、ファイル対マルバ、カスカベウ対ロンドリーナとなり、ファイルはマルバを5-3で下し、決勝進出を先に決める。カスカベウ対ロンドリーナは、ロンドリーナが残り5分で2点リードされながらも得意の奥村のパワープレーで追いつき、最後は大地悟(のちにペスカドール町田)の延長Vゴールで勝利、全国切符を手に入れたのであった。縁とは不思議なもので、1昨年の第8回選手権、ロンドリーナが優勝を遂げたときの準決勝のカスカベウ戦の勝利、これも延長Vゴールであった。ちなみに、奥村のパワープレーは、決勝大会でも炸裂、一躍有名になるのであった。
(続く・・毎週日水+随時更新・・ご指摘、ご意見お待ちしています。)