その9 キャプテンのアクシデント
小宮山、狩野は世界選手権直前の初召集である。このとき、小宮山はのちにあるアクシデントが起き、それが自分に関係してくるとは夢にも思わなかったであろう。日本代表の成績は、ハンガリーに2-3で敗戦、2位で終了、課題を残す結果となった。しかし、現地、台湾で試合ができたことでもあり、順調な仕上がりであった。あとは壮行試合のアルゼンチン戦を残すのみである。
いよいよ11月に入り、世界選手権が始まる。日程は、11月2、3日に合宿、8日から再び召集、13日、14日にアルゼンチンとの壮行試合(幕張、駒沢)、17日に台北に出発の予定であった。
最後の合宿が終わった3日後の11月6日(土)、プレデターは全日本選手権の千葉予選決勝戦に臨んだ。そこには日本代表キャプテン市原もいた。本人のブログによれば、試合が始まって10分、帖佐とのワンツーに失敗してディフェンスに戻ろうとしたとき、バチッと背後からバットで殴られたような衝撃が走ったそうである。
市原はアキレス腱断裂と診断され、選手権出場は絶望的となってしまった。皮肉にも11月8日の最後の14名の発表には、市原の名前があり、小宮山の名前はなかった。急遽、代替のメンバーに入ったのは小宮山であった。運と片付けるにはあまりに衝撃的で重たい現実である。市原は、ブログで仕事でのケガだからと述べ、壮行試合のアルゼンチン戦には松葉杖で応援に駆けつけた。
微塵にも無念さを見せなかったその姿が非常に印象的であった。
ちなみに、のちに小宮山はファイルフォックスからバルドラール浦安に移籍、市原とはチーメイトとしてFリーグを一緒に戦うことになった。また、小宮山はその後も日本代表に選ばれ続けることを目標に懸命の努力をしている。無論、市原も日本代表復帰をあきらめることはなかった。
キャプテン市原を欠く事になった壮行試合のアルゼンチン戦は、13日は1-2で敗れたが、14日は3-1で勝利、世界選手権に弾みをつける戦いぶりであった。ちなみに、日本代表戦が日本で行われ、代表が日本のファンに国際試合でお目見えするのは、競技フットサルの歴史上、初めてのことであった。その後は、アジア選手権前に国内で壮行試合が行われることが通例となった。
(続く・・毎週日水+随時更新・・ご指摘、ご意見お待ちしています。次回は7章のラスト、「世界から受けた洗礼と希望」です。お楽しみに)