【東海大会準決勝ROBOGATO戦では先制ゴールを挙げた】
1月29日、全日本選手権東海大会準決勝でROBOGATOに敗れたFALCO GIFU F.S.(以下、ファルコ)。全国まであと1勝、というところまでコマを進めたが、及ばなかった。
試合後、会場の刈谷市体育館の隅で打ちひしがれている選手たち。どう声をかけていいものかと思案していたら、東海フットサル連盟関係者が衝撃的な情報を伝えてくれた。「キハラ・タカオ選手、引退らしいよ」
キャリア20年以上。日本フットサル界の黎明期を知る岐阜の、いや日本のフットサルレジェンドの一人だ。この試合は、そんな彼の競技者としてのラストゲームだった。
是非、彼の言葉を伝えなければ。そんな使命感にかられ、急きょインタビューを申し込んだ。
▼今日のゲーム、先制点を決めましたがチームは敗れてしまいました。
「ゴールを決めた時は気持ちが良かったけれど、チームが勝つことが一番大切。チームのためにもっともっと力を出したかった。いい試合だったけれどね。残念でした」
▼3回目の全日本選手権出場まであと一歩でしたね。
「若い人たちと力を合わせれば、いい結果が出ると信じていた。みんなと一緒に全国に行きたかったけれどね」
▼この試合で引退すると聞きました。
「今年で42歳になります。まだまだプレーはできると思うけれど、練習参加が難しくなってしまった。練習に行けないのに試合には出るのは、一生懸命やっているほかの選手がかわいそう(筆者補足:恐らくは「申し訳ない」という意味の言葉)。自分としても、楽しい時に辞めたいと思っていた」
▼決意を固めたのはいつですか?
「東海2部リーグの最終節(1月22日)の前。その試合で勝って、来季1部昇格を決められたことには満足しています」
▼日本でフットサルを始めたのはいつですか?
「日本に来たのは20歳のとき(1990年)。ブラジルでもフットサルをやっていました。アマチュアだったけれどね。来日後、ドゥダやガルシア、シャンジたちが集まっていいチームができました。もっといいフットサルやろうって、みんなでがんばった。天竜リーグでカスカヴェウとも試合しました。マグとの連合チームでスーパーリーグにもエントリー。会場の雰囲気が良かったことを覚えています」
▼2003年度、シブラジル/ピットストップ/レインボー垂井で全日本選手権に初出場していますね。
「日系ブラジル人と日本人の混成チーム。(現ファルコ監督の)森島や、中島涼太(現花巻)も一緒でした。ベスト4でバンフ東北に敗れたけれど、グループリーグ最終戦は今でもよく覚えています。僕たちは引き分けでも決勝トーナメント進出だった。相手(京阪フットサルクラブ フュンフバイン)に残り1分を切ってから勝ち越しゴールを決められて『あーっ』と思ったけれど、直後にシャンジがすごいゴールを決めた」
▼当時、対戦したカスカヴェウやロンドリーナ、プレデターがFリーグの中核クラブになっています。
「いいことですね。若い選手にとって、目指せる場所ができた」
▼岐阜のフットサル事情もずいぶん変わったのではないですか。
「2003年当時はなかなか選手が集まらなかった。今は岐阜県内にもたくさんチームがありますね。森島もすごくがんばっている。ファルコの選手はみんな若いし、これからもっともっと力がつくと思う。(引退後も)ファルコを応援するつもりです」
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